バターン死の行進
昭和16年12月、日本軍のフィリピン攻略戦が開始。
ルソン島のバターン半島に陣をかまえた米比軍と日本陸軍の間で戦闘が行われた。
戦闘は籠城戦となり、勝負がつくまで4ヶ月を有し、昭和17年4月9日、米比軍降伏。
降伏した米比軍は、約7万6千名もの多数が捕虜となり、
収容所に移送する際徒歩による長距離の移動と食糧不足やマラリアなどの感染により多数死亡した。
司令官は、日本軍は本間雅晴中将、米軍側はエドワード・P・キング少将。
マッカーサーは降伏前年の12月24日にマニラ無防備都市宣言を行った後撤退していた。